古びた木造アパートにガッチャンガチャンと響き渡る音は、空き缶を潰す音。このアパートに唯一住む、年老いた入居者の部屋から聞こえる音だ。
この入居者は明日、退去する。
何故なら、この空っぽのアパートで年末に階段から転げ落ちた。倒れて気を失ったまま、ひとり血まみれで年越しをしたらしい。確かに、顔に大きな切り傷と青たんができていた。打ち所が悪かったら死んでいたかも知れない。
ここは、近所でも評判のボロアパートで、「妖気が漂っている」という噂が的を射てはいるのだが、本当に人が死んだらシャレにならない。近くに私が持っている、同じような木造アパートへ引っ越してもらうことにした。
風呂なし6畳でほぼ変わりはないが、他の入居者もいるから安心だ。みな無愛想な入居者ばかりだが、血まみれで気を失っていたら、さすがに手ぐらいは差し伸べてくれるだろう。
ただ年老いた入居者は、引っ越し屋を頼むお金は持っていないという。仕方ないから、荷造りは本人に任せて、私が軽トラで手伝うことにした。
引っ越し当日、アパートについて仰天した。天井に届くほどの段ボールと荷物の山がそこにあった。明らかに部屋の容積を超えていたが、今までどうやって収納されていたのだろう?
年老いた入居者は、「自分は航空機写真とフィギアのコレクターなのだ」、となぜか得意気に言った。
「引っ越し費用も貯まらないほど、なに買っとんねん!」と思いはしたが、黙って段ボールを軽トラに積み始めた。
引っ越し先の部屋で、最初は丁寧に荷物を入れていたが、そのうち入りきらなくなった。共用廊下にあふれ出した荷物はかなりの量になったが、もうそんなことに構うゆとりはない。
そしてなんと、軽トラで往復すること11ピストン。全てを運び終えたのは、夜の23時だった。
とにかく寝る場所だけは確保してあげないとと思い、低めの荷物の山の上にコンパネを2枚敷き、その上に布団をのせてベッド風に仕上げた。
低めといっても私の目線の高さほどはある。毎日、段ボールのスキマに足を掛けながら、よじ登るシステムだ。
この部屋に本当に住めるのかな? と最後にチラリと思いはしたが、疲労はピークに達し思考はほぼ停止していたため、鍵だけ渡して逃げるように帰って来てしまった。
その後、彼から連絡はない。
近くを通りかかったとき、チラリと共用廊下を見てみたが、荷物はすっかり片付いている。
部屋に荷物は入りきったのか? 毎日、コンパネ布団によじ登って寝ているのか? まさか、よじ登る時に転げ落ちて、気を失って血を流していたりはしないか?
何故かほっとけない入居者なのである。